租税条約の最も大きな目的のひとつに、国と国との間の課税権を調整することがあります。租税条約がどのように課税権の調整を行っているのかや基礎としている原則を含め、租税条約を理解していくための、前提となる基礎項目について解説します。
租税条約は何のためにあるのか?
全世界所得課税と国内源泉所得課税
租税条約は、正式な名称を「二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国と〇〇国との間の条約」といいます。この名称からも明らかなとおり、租税条約の最も大きな目的のひとつに、国と国との間の課税権を調整(二重課税の排除)することがあります。
日本をはじめとする多くの国では、自国に居住する法人や個人に対しては、どこの国で生じた所得であるかにかかわらず、すべての所得に対して課税するという全世界所得課税を基本としています。一方、他国の法人や個人に対しては、自国内で発生した所得(これを「国内源泉所得」といいます。) に対してのみ課税する方針としています。
租税条約が締結されていなかった場合に生じる二重課税
アメリカ法人A社が、日本でも所得を獲得しているケースを考えてみます。
アメリカ法人A社に対してアメリカは、どこの国で生じた所得であるかを問わず、すべての所得に対して課税(全世界所得課税)を行います。一方、A社に対して日本は、日本で生じた所得に対してのみ課税を行います。
その結果、A社の日本で生じた所得に対しては、アメリカと日本の両国からの課税が行われることになり、いわゆる国際的二重課税が生じることになります。
二重課税が生じてしまうと、企業の海外進出が妨げられ、国際間の経済交流が減少してしまうことになります。そこで、二国間の課税権を調整して国際的二重課税をできるだけ減らし、国際的な投資・経済活動を促進する目的で、租税条約が締結されています。
租税条約による課税権の調整(二重課税の排除)
二重課税を生じないようにするためには、以下の図のように、アメリカ法人A社の日本で生じた所得に対して、日本で課税できないようにルールを定めればよいわけです。日米租税条約において、アメリカの法人が日本で獲得した一定の種類の所得に対しては、日本の課税を免除するという取り決めをすることにより、アメリカ法人A社に二重課税が生じることがなくなります。
同様に、日本の法人のアメリカで生じた一定の種類の所得に対しても、アメリカでの課税が免除されるように租税条約で取り決めを行うことで、両国が同等である状態になります。
租税条約では、「課税を免除する」という取り決めの仕方だけでなく、「アメリカの法人が日本で獲得したこの種類の所得に対しては、税率は10%までとする」(限度税率)という取り決めの仕方もあります。
このように、二国間の租税条約において、双方の課税権に関する分配について取り決めを行うことにより、可能な限り国際的二重課税を生じさせないルールづくりがなされています。
租税条約が適用されるルール
租税条約は世界中の国と国との間で締結されているため、数多くの租税条約が存在しています。では、先の例に挙げたアメリカ法人A社が、日本で獲得した所得の日本での課税に関するルールには、どの租税条約が適用されることになるのでしょうか。
租税条約は、「居住地国」と「所得源泉地国」との間の租税条約が適用されることになっています。「居住地国」とは所得を獲得する法人や個人が居住する(住んでいる・在籍している)国を指す用語であり、「所得源泉地国」とは所得が生じた国を指す用語です 。
A社はアメリカの法人ですから「居住地国」はアメリカとなります。また、日本で生じた所得の「所得源泉地国」は日本となります。したがって、アメリカ法人A社が日本で獲得した所得に関しては、日米租税条約が適用されることになります。
このように、租税条約は、相手国の居住者に対する源泉地国での課税を相互に調整し制限することによって、国際的二重課税を回避することを主たる目的としています。そのため、自国の居住者に対する自国での課税関係は、国内法により決められることになり、租税条約の規定の影響を受けることは原則ありません。
租税条約の適用を受けるためには届出が必要
租税条約の適用を受けるためには、対象となる所得の支払を受ける企業が、源泉徴収を行う支払者を通じて一定の届出書や申請書を支払者の所轄税務署等に、支払日の前日までに提出する必要があります。
先の例で言えば、アメリカ法人A社は、支払者である日本の法人を通じて、租税条約適用のための届出を日本の税務署に提出する必要があります。
【租税条約適用のための手続きについては次回以降でさらに詳しく説明していきます。】
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